歌舞伎の世界では、いい役者の条件を「一声、二顔、三姿」といい、容姿よりも声、つまり口跡(こうせき=せりふまわし)を第一としています。これは一つには、古くから承け継がれてきた語り物の伝統によるものです。また、天窓からの自然光とわずかな照明しかない芝居小屋では、顔や姿は化粧やかつら、衣裳でどうにでもなるので、劇の展開にはせりふと音楽が大切だったからでもあります。元禄期(1688~1704)に初代坂田藤十郎によって確立された傾城買狂言における「しゃべり」や「口舌(くぜつ=恋人同士の痴話喧嘩)」、「口説き(くどき)」なども、また江戸で初代市川團十郎によって創始された荒事における「つらね」や「悪態」、浄瑠璃から導入された「名乗り」や「語り」などで人気役者の見事な口跡を味わい、芝居の内容を理解しました。人気役者のせりふは声色(こわいろ)として、今のカラオケのように宴席で真似されました。せりふにもさまざまな型があり、類型的な場(シチュエーション)に応じた演技の型と相まって、江戸時代の人々に愛され、親しまれてきたのです。(浅原恒男)