わが国の芸能は、古くから歩くこと(練り歩くことも含む)と「踏む」ことを大切にしてきました。大地を踏むことは田の稲の豊穣を祈る意味がありました。伎楽の「行道」は各地の民俗芸能にいまも残っています。能でも、橋掛かりからすり足での登場や名乗りのあとの道行(みちゆき)、乱拍子や曲舞(くせまい)などで舞台を四角く、あるいは対角に歩き、かどかどで足踏みする芸が重要になっています。能の原型となった幸若舞や大頭(だいがしら)の舞、田楽などでも、舞台を歩きながら謡います。江戸時代の遊里における花魁道中も、金棒を先頭に練り歩く演出は、伎楽や民俗芸能の「行道」のバリエーションで、太夫が高い下駄を左右に回して歩く「八文字」という歩き方は歌舞伎でも演じられます。戦国の気風の残る江戸時代初期に町を闊歩した「傾き者」(かぶきもの)たちの風俗をとり入れた「六方」や「丹前」なども歩く芸です。初期の歌舞伎の芝居小屋は能舞台を模したものでしたが、やがて花道ができると、その出入りで歩く芸がさらに発達し、「出端」や「引っ込み」なども、さまざまな演出がつくられました。(浅原恒男)