歌舞伎は「役者の芸術」であり、大看板の役者や花形役者は江戸時代のスーパースターとして愛され、庶民の憧憬の対象でした。その役者の芸の基本には、元禄年間(1688~1704)に京で活躍した初代坂田藤十郎による「和事(わごと)の芸と、江戸で初代市川團十郎が創始した「荒事(あらごと)」がありました。
「和事」では、大名の若殿や富裕な商家の若旦那が遊女に入れあげて勘当され、落ちぶれた姿で恋人に会いにゆく「やつし」の芸が愛され、伝えられました。和事の芸は、そうした身分の若者ならではの品の良さと軟弱で明るいおかしみが大切とされます。一方、江戸の團十郎は、超人的力をふるって悪を懲らしめる坂田金平(さかたのきんぴら)に扮した「荒事」や、成田不動に扮する「神霊事」を演じて、単なる演技を超えた人々の崇敬を集めました。そこから激しい動きを一瞬静止させる「見得」や「にらみ」など、今日まで伝えられる演技の基本型が生まれました。(浅原恒男)