歌舞伎の根底には「世界」という考え方があります。「世界」とは、ひとくちに言えば古代から中世を経て江戸時代に至るまでの長い歴史の中で人々に愛され、語り継がれてきた数多の物語が歌舞伎にとり入れられたものです。主な「世界」の個々の内容を、およそ題材となった時代の古い順に小項目に集めました。これらの物語はすべて、江戸時代の人々にはストーリーも登場人物もよく知られていて、狂言作者はそれを前提にして、新たな「趣向」を組み込むことで新しい台本を創りました。1801(享和元)年に刊行された『戯財録(けざいろく)』には「竪筋(たてすじ)は世界、横筋は趣向」と記されています。「世界」を定めることで、俳優や裏方も、たとえば「曽我物語の世界」なら五郎は荒事、十郎は和事、工藤は実悪、大磯の虎は傾城、朝比奈は道化というように、人物と役柄の基本設定が共有されているので、役づくりや衣裳かつらなどの準備がしやすかったのです。
もう一つの効能は、江戸時代には実際の社会的・政治的事件をそのまま脚色することが禁じられていたので、過去の「世界」に仮託して、当時の題材を芝居にすることができたことです。たとえば1702(元禄15)年の赤穂浪士の吉良邸討ち入りは誰知らぬ者もない大事件でしたが、浄瑠璃も歌舞伎もこれを「太平記の世界」の物語にして劇作しました。観客はそれをそのまま実際の事件の人々に置き換えて観ていたのです。(浅原恒男)
【写真】
『寿曽我対面』[左から]鬼王新左衛門(中村歌六)、化粧坂少将(坂東巳之助)、小林朝比奈(中村歌昇)、曽我五郎時致(坂東三津五郎)、曽我十郎祐成(中村梅玉)、大磯の虎(中村芝雀)、八幡三郎行氏(中村種太郎)、梶原平次景高(中村吉之助)、工藤左衛門祐経(中村吉右衛門)、梶原平三景時(澤村由次郎)、近江小藤太成家(中村松江) 平成23年1月新橋演舞場