なのり 名乗り

能狂言では登場した演者がまず観客に向かって「これはこのあたりに住まい致す者でござる」といった具合に名乗ります。歌舞伎にもそれが取り入れられ、主に能舞台を模した松羽目物で演じられます。最もお馴染みなところでは、『勧進帳』の幕開きに登場した関守の富樫左衛門が「かように候(そうろう)者は、加賀の国の住人、富樫の左衛門にて候」と客席に向かって名乗る場面でしょう。荘重な中に爽やかさが感じられ、観客の期待が高まります。また江戸の芝居小屋では一時期、花道から直角に客席にせり出した「名乗り台」というものが設置され、荒事のつらね(長ぜりふ)や名乗りがここで行われました。(金田栄一)

【写真】
『勧進帳』[左から]富樫左衛門(中村梅玉)、太刀持音若(中村玉太郎) 平成22年1月歌舞伎座