義経都落ち~吉野山

平家を滅ぼした後、兄頼朝に謀反を疑われた義経は、大和国(現在の奈良県)の吉野山へと籠もることになります。『義経記』では、吉野へ向かう義経に別れた静御前の嘆きや、吉野山の衆徒(僧兵)の襲撃から義経を逃れさせるために家臣佐藤忠信(さとうただのぶ)が見せためざましい働きなどが描かれます。『義経千本桜』の四段目では『義経記』の物語に、窮地を救ってくれた狐に義経が自分の名前を与えたという大和国の源九郎狐伝説を絡め、さらに平家の最後の生き残りである能登守教経を登場させて、物語を結んでいます。
まず、吉野の義経の元へと向かう静御前と忠信(実は源九郎狐)の道行。ここで2人は『平家物語』に描かれる屋島の戦いの様子を再現して見せます。語られるのは、平家方の悪七兵衛景清(あくしちびょうえかげきよ)と源氏方の三保谷四郎(みほのやしろう)が強力を競い合った「錣引(しころびき)」の逸話と、平家の中でも弓の名手として名高い教経の矢から、身を挺して義経を守った忠信の兄佐藤継信(つぎのぶ)の最期。続く「河連法眼館(かわつらほうげんやかた)」では、狐忠信が衆徒たちを通力で翻弄します。そして、義経はついに衆徒の一人横川の覚範(よかわのかくはん)に姿を変えていた教経と対峙するのでした(五段目は本物の忠信が狐忠信の通力に助けられつつ、兄の敵である教経を討つという内容です)。
このように、『義経千本桜』の作者たちは、『平家物語』や『義経記』に記された「公式の歴史」の裏側に隠された「真実」を生き生きと描いたのでした。(日置貴之)

【写真上】
『道行初音旅』[左から]佐藤忠信実は源九郎狐(中村梅玉)、静御前(坂田藤十郎) 平成26年10月歌舞伎座

【写真下】
『義経千本桜』川連法眼館 [左から]静御前(市川笑也)、源九郎判官義経(市川門之助)、佐藤忠信実は源九郎狐(市川猿之助) 平成28年6月歌舞伎座