とおみ 遠見

「遠見」には全く異なる二つの意味があります。
ひとつは、舞台の背景に遠景を描いたものを指します。野遠見、山遠見、海遠見、お屋敷の奥庭を描いた庭遠見、町家を描いた町屋遠見、神社を描いた宮遠見と、様々です。観客は、閉鎖的な劇場の中に自然(光や風等)を感じることで、さらに深く芝居の世界に入ることができます。道具帳をもとに拡大して描かれますが、単純な遠近法ではなく、前列の客席からも、三階席からも見やすいように描くよう工夫されています。
もう一つは、登場人物と同じ扮装をした子役を登場させて人物が遠くにいるように見せることです。奥行のない歌舞伎の舞台ならではの遠近法の技法です。『一谷嫩軍記』の須磨浦の合戦で、熊谷直実と平敦盛が組み討ちになる場面や、『恋飛脚大和往来』新口村の道行で梅川と忠兵衛が遠くに去っていくのを孫右衛門が見送る場面で、大人の歌舞伎俳優が演じていた人物が、突然、扮装はそのままで遠見の可愛い子役に替わる、そのギャップが歌舞伎らしい遊びのある楽しい演出方法です。(東功吾)

【写真上】
『仮名手本忠臣蔵』道行旅路の花聟 [左から]早野勘平(中村梅玉)、鷺坂伴内(中村翫雀) 平成19年2月歌舞伎座、腰元お軽(中村時蔵)

【写真下】
『一谷嫩軍記』組討 熊谷次郎直実(市川團十郎) 平成20年3月歌舞伎座