舞台上で髪を梳く場面はしばしば登場します。女が愛する男の乱れ髪を梳く姿には、とりわけ細やかな男女間の情愛が込められています。古くから「髪は女の命」といわれるように、髪を梳く演技そのものにある種特別な意味が込められています。『恋湊博多諷(こいみなとはかたのひとふし)』で小女郎が惣七の髪を梳く場面が代表的です。『東海道四谷怪談』では、お岩が髪を梳くと毒薬のせいで髪が抜け、次第に容貌が変わって行きます。女性がひとりで髪を梳くのは激しい嫉妬に燃えている様子を表わす手法として用いられていて、その代表的な場面が『大商蛭小島(おおあきないひるがこじま)』の辰姫の髪梳きでしょう。この場で有名な「黒髪」の独吟が唄われます。その根源には、嫉妬に燃える女の髪は逆立つという言い伝えがあります。(金田栄一)
【写真】
『恋湊博多諷』[左から]傾城小女郎(尾上菊之助)、小松屋宗七(坂田藤十郎) 平成21年5月歌舞伎座
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『恋湊博多諷』[左から]傾城小女郎(尾上菊之助)、小松屋宗七(坂田藤十郎) 平成21年5月歌舞伎座