劇場に掛けられている幕のうち、上下に開閉するものを緞帳といいます。現代の劇場の緞帳は非常に高価な綴れ織りの織物が大半を占めていますが、江戸時代から明治初期頃まではごく簡素で粗末な巻き上げ式の幕を緞帳と呼び、引幕の使用を許されない小芝居に専ら使われていましたので、俗に小芝居のことを緞帳芝居と蔑称していました。明治後期あたりから西洋式の劇場が建設され、西洋演劇の影響を受けて緞帳は豪華でモダンなものへと生まれ変わりましたが、これは江戸時代の緞帳とは別物と考えた方がよいでしょう。現在、歌舞伎を上演する大劇場には定式幕(三色の引幕)のほか複数の豪華な緞帳が設置されていますが、古典歌舞伎の幕開きには概ね定式幕が使われ、緞帳で開くのは松羽目物(能の様式を取り入れた舞踊劇)や新歌舞伎(明治から昭和にかけて創られた文学的作品や舞踊)にほぼ限られています。能舞台には幕がありませんので、『連獅子』などの松羽目物は緞帳が開けられて正面の雛壇に地方(じかた=演奏家)が並ぶ舞台面が現れ、まずは能舞台のイメージとなります。また新歌舞伎も幕開きに効果音が使われることがありますが、緞帳での開閉幕では原則として柝(き)を打ちません。舞台に着席したとき目の前でかすかに揺らぐ幕の柄を見て、これから見る内容を想像するのも楽しいことです。(金田栄一)
【写真】
緞帳(歌舞伎座)
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緞帳(歌舞伎座)