観劇+(プラス)
土蜘蛛もの
土蜘蛛とは土の中に巣を張る蜘蛛のことを言うが、古代に大和朝廷に従わなかったために滅ぼされた民族を示す言葉でもあった。この古代の民族と中世の源頼光の武勇伝とが結びつき、頼光が土蜘蛛を退治する物語が生まれた。歌舞伎では、江戸時代中期に土蜘蛛の舞踊劇が作られた。病に伏す頼光のところへ、蜘蛛の精が姿を変えて現れ、頼光を狙うという設定で、『蜘蛛糸梓絃』や『蜘蛛の拍子舞』などが知られる。歌舞伎の初期の頃に舞踊は女形のものだったのが、立役も舞踊を担当し、舞踊がドラマ性を帯びてきた時代でもあった。
蜘蛛の糸ここに注目
土蜘の精は本性を顕し、蜘蛛の糸を投げかける。その糸の広がりが見事で美しい。五代目尾上菊五郎が初演の時、能の金剛唯一から秘伝の蜘蛛の巣の繰り出し方「千筋之伝」を伝授されたという。歌舞伎では蜘蛛の糸、或いは千筋の糸ともいい、ヒューズなどの柔らかい銅線を芯にして雁皮紙を巻きつけ、最後に和紙で包み、包丁で海苔巻きを輪切りにするように切ってつくる。外側の紙をはがして手の中で揉んで真上に投げるとパーッと放射状に広がる。演じながら美しく繰り出すには熟練の技が必要だ。蜘蛛の糸は一度しか使えない消耗品でもある。土蜘を演じる俳優の弟子が手作りすることが多い。
「作り物」の塚
土蜘の精の塚は、「作り物」と呼ばれる道具で表現される。竹で骨格のみを形作り白布で巻き上げた屋体で、シンプルに塚を象徴する、能の優れた形の移入である。
僧智籌の出と引っ込みここに注目
僧智籌の登退場は他の役とはひと味違う。普通は花道の出といえば、シャリンと揚幕が開く音がし、照明も鮮やかに主人公を照らすものだが、智籌の出は静かで暗い。そこに蜘蛛の特徴があり、揚幕を音なく開け、動きが目立たぬように静かに運びながら、眼光鋭く見ているものをぞっとさせるような雰囲気が大事だという。引っ込みも、できるだけ身体を低く、蜘蛛が這うように一気にスーッと去って行く。
間狂言(あいきょうげん)
正体を見破られた僧が去ったあとの従者たちの踊りは、能では狂言方が演じる「間狂言(あいきょうげん)」と呼ばれるコメディーシーンだ。沈痛な前半と、荒々しい後半のあいだに客席の緊張を和らげてくれる。夫婦げんかの振りや、いかめしい面が取れて石神の正体が現れる場面など、本筋とは関係ない愉快な場面をコントラストをつけて盛り込むところも、歌舞伎ならではの自由さだ。明治14年の初演のときは、この場面はちがう筋立てだったらしい。