修禅寺物語 シュゼンジモノガタリ

作品の概要

執筆者 / 寺田詩麻
演目名 修禅寺物語
作者 岡本綺堂
初演 1911(明治44)年5月 東京明治座
概要 伊豆修善寺にある曹洞宗の修禅寺は、鎌倉時代初期に二代将軍・源頼家が、執権で外祖父でもある北条時政に幽閉され、のちに暗殺されたことで有名であった。寺には、「頼家の面」とされるものが伝えられていた。明治41年9月、修善寺温泉に滞在していた作者岡本綺堂がそのことを知って実際に寺を取材し、別のエピソードも加えて脚色したのが本作である。
本作は綺堂が、明治後期以降の世の風潮に合わせた作品を望んでいた俳優、二代目市川左團次のために書いた新歌舞伎でもある。結果は好評で、左團次の当たり役十種を選んだ「杏花十種(きょうかじゅっしゅ)」にも選ばれており、左團次の生前は他の俳優が主役の夜叉王を演じることが許されなかった。また各国語に翻訳され、たとえばフランスでは昭和初期に、仏語訳された本作が仏人俳優によって上演されるにいたった。現在までくり返し再演される、歌舞伎の重要なレパートリー作品のひとつである。


●トップページ・タイトル写真
[左から]夜叉王妹娘楓(市川春猿)、夜叉王姉娘桂(市川笑三郎)、楓婿春彦(市川猿弥)、面作師夜叉王(中村歌六) 平成16年7月歌舞伎座

●ページ公開日 平成28年4月28日
過去の
公演データ