新皿屋舗月雨暈~魚屋宗五郎 シンサラヤシキツキノアマガサ~サカナヤソウゴロウ

観劇+(プラス)

執筆者 / 金田栄一

「皿屋敷」と「新皿屋舗」

「皿屋敷」といえば、お屋敷勤めのお菊が殿様の大切な皿を割ったことでお手討ちとなり、投げ込まれた井戸から現れたお菊の幽霊が「一ま~い、二ま~い」と皿を数えるという、そのストーリーはどなたもそれとなくご存知でしょう。この『新皿屋舗月雨暈』の序幕「弁天堂」でも、お蔦が罪を着せられて殿様のお手討ちにあい井戸に沈められますが、その場は今ほとんど上演されていません。また初演の五代目尾上菊五郎はこのお蔦と宗五郎の二役を替わっています。近年では、1989(平成元)年に八十助当時の十代目坂東三津五郎が、国立劇場でお蔦と宗五郎とを演じています。

真面目で実直な宗五郎ここに注目

この演目の最も見どころであるのが宗五郎の酒乱ぶりで、観客もそのあたりが楽しみ。しかし宗五郎は真面目で律儀、思慮分別に富み恩義を大切にする人物であるというのも見逃せないところです。父親や女房たちは腹の虫がおさまらず今にも屋敷へ掛け合ってくれろと言う中、それを静かに止めるのが宗五郎、しかし真相を知ってたまらずに断っていた酒をあおります。元々酒乱持ちとはいえ単に酒癖の悪い人物と見てはいけないのがこの主人公で、最後にまた神妙な姿が描かれています。

芝片門前(しばかたもんぜん)

宗五郎の家は芝片門前、なかなか粋な町名です。つまり芝増上寺の門前町の一角で、近くには神明様の名で親しまれる芝大神宮があり、このお芝居も「魚屋内」の幕が開くと神明様のお祭りで町が賑わい祭囃子も聞こえてきますが、この家だけはひっそりと喪に服しています。また最後に岩上典蔵が捕えられるのも芝神明ですが、他に神明様を舞台にした演目といえば『神明恵和合取組(かみのめぐみわごうのとりくみ)=め組の喧嘩』が大変に有名です。東京タワーのおひざ元、新幹線からも目と鼻の距離ですが、今も下町の風情を残しています。

芝の魚屋と江戸っ子気質(かたぎ)ここに注目

宗五郎は芝の魚屋ですが、近くの芝浦の海では江戸前の魚が豊富にとれ、魚市場もあったのでこのあたりには魚屋が多くありました。歌舞伎に登場する芝の魚屋にはもう一人『芝浜の革財布』の政五郎がいますが、こちらは芝の浜で革財布を拾い大枚の金が手に入ったと大酒を呑んでどんちゃん騒ぎをします。どうも芝の魚屋といえば酒呑みがお決まりのようで、「江戸っ子は五月の鯉の吹き流し、口先ばかり、はらわたはなし」といわれる通り、少々口は乱暴ですが人情に厚く曲がったことが大嫌い。また端唄にもあるように「芝で生まれて神田で育ち、今じゃ火消しの纏(まとい)持ち」というのがまさしく生粋の江戸っ子だとか。

腰元衆お決まりの姿

弔問にやってくるおなぎは死んだお蔦の召使いで屋敷勤めの身ですが、身に着けているのはお決まりの矢絣(やがすり)、帯は斜めに背負う「やの字」です。この帯はこの場のような外出時には左が上、一方御殿の大広間などで裾を引いて出るときは右が上になっています。これは外で懐剣を使う場合に邪魔にならないようにと説明されています。

魚のにおいがここに注目

六代目菊五郎の宗五郎はその酔いっぷりが実にうまく、見ていると酒のにおいがしてくるようだといわれましたが、さらに古老に言わせると初演の五代目菊五郎は魚のにおいがしたという、どこまで本当だかわからない逸話が伝わっています。また主人公の宗五郎は魚屋ですが、女房の名が「おはま」、殿様が「磯部」、その家中の人物が「浦戸」に「岩上」、腰元が「おなぎ」と、どうやら有名な漫画にも出てきそうな「海づくし」になっています。