旅の僧に一夜の宿を貸した老女が、決して覗くなといった部屋には死体の山。哀れな老女は実は人を喰らう鬼女だった。安達ヶ原の鬼女伝説に取材しながら、鬼女の恐ろしさだけではなく、鬼女の人間性まで掘り下げて描いた醍醐味ある作品。昭和の歌舞伎舞踊の傑作。
場面は奥州安達原(福島県二本松市)。広い芒(すすき)の野原にぽつんと一つの家が建っていた。そこに棲む老女は、諸国行脚の僧・阿闍梨祐慶(あじゃりゆうけい)の一行に宿を貸す。僧たちに求められて糸を繰る業(わざ)を見せ、糸繰り歌に託して哀れな身の上を語る。父が罪を犯して陸奥をさすらい、やがて夫となった人には捨てられた。だから怒りと哀しみのうちに世を呪い、人を恨むようになったので来世の望みがないのだと。
祐慶は老女に向かい「どんな悪行を重ねた者でも仏の教えに従えば、来世は救われる」と仏の道を説いた。老女は自分も救われるのだと知ってたいそう喜び、僧たちをもてなすために夜道を薪を取りに出かける。但し、奥の一間は決して見ないようにと言い残して。僧たちが勤行をしている間に、一行の強力(荷物持ち)が好奇心を抑えきれず、「決して見るな」と言われていた一間を覗いてしまうと、そこには死骸の山。老女は人を喰らう鬼女だったのだ。
一面の芒原。集めた薪を背負ってきた老女は、僧の教えに心の憂いが晴れて清々しい気持ち。老女を大きく照らす月を眺めて浮き立つ思いを抑えきれずにひと踊り。わらべ歌で月と戯れ、やがて自分の影法師と追いつ追われつするなど、童心に返って踊る。そこへ逃げてきた強力とばったり出会い、恐怖に顔をゆがめる強力の様子から、あれほど戒めていた一間を見られたと悟り、老女は鬼女の本性を顕して、強力を通力で翻弄して姿を消す。
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