身替座禅 ミガワリザゼン

観劇+(プラス)

執筆者 / 飯塚美砂

太郎冠者(たろうかじゃ)

冠者とは、もともとは元服して冠をつけるようになった若者のことを指す言葉で、平安時代末には武家の御曹司(おんぞうし)たちに用いられていた。室町時代ともなると成人した若い者、という意味だけのこり、召し使う若い衆の呼称として使われるようになる。太郎、次郎には一番目の男子、二番目の男子という意味があるので、さしずめ太郎冠者は“うちで働いている男衆の筆頭”となる。狂言には主(あるじ)と召使の太郎冠者が登場するゆかいなお話がたくさんある。

狂言から歌舞伎舞踊に

『身替座禅』は、狂言の大曲『花子』を基に岡村柿紅(おかむらしこう)が作詞し舞踊劇にした松羽目物である。初演当時、この三人をはじめとする若手歌舞伎俳優が活躍した市村座は、黄金期と言われたほど活気と人気があり、この『身替座禅』でも、菊五郎が常磐津と長唄の掛け合いに乗せて、酔いの抜けぬまま逢瀬から戻った右京と花子をひとりで踊り分けるのが大評判となった。この成功がきっかけで、現在でも人気の松羽目物のおもしろい狂言舞踊『棒しばり』『太刀盗人』『茶壺』などが次々と生みだされていった。

狂言『花子(はなご)』は難曲ここに注目

奥方に内緒で、恋人の花子に逢いに行った男が、太郎冠者と奥方が入れ替わったとも知らず、楽しい一夜の事を小謡まじりにのろけて聞かせてしまい、奥方に「やるまいぞ、やるまいぞ」とおいこまれる。婿取りや夫婦仲を扱った聟女狂言(むこおんなきょうげん)の一つである。見ている分には楽しい話だが、実は習物(ならいもの)といわれる難易度の高い演目の中でも、狂言師が一通りの修行を終え、最終段階に至りようやく演じることができるという難曲。狂言の『花子』と、歌舞伎の『身替座禅』とを見比べてみるのもいいかも。