天衣紛上野初花~河内山と直侍 クモニマゴウウエノノハツハナ~コウチヤマトナオザムライ

観劇+(プラス)

執筆者 / 金田栄一

「六歌仙」と「六花撰」

河内山をめぐる実説は古くから講釈や実録小説などで知られていましたが、この演目の典拠となったのは二代目松林伯円(しょうりんはくえん)の講談『天保六花撰』です。伯円は盗賊などを主人公にした演目を得意として「泥棒伯円」という異名を取っていましたので、「白浪作者」と呼ばれた黙阿弥とは通ずるものがあります。この六花撰として描かれたのは、アウトローとして世に知られた河内山宗俊、片岡直次郎、暗闇の丑松、金子市之丞、森田屋清蔵、それに紅一点の三千歳。「六歌仙」として名高い平安時代の歌人在原業平・僧正遍昭・大伴黒主・文屋康秀・喜撰法師と紅一点の小野小町になぞらえたものです。

お数寄屋坊主

坊主といっても僧侶ではなく、江戸城で働く「お城坊主」「お坊主衆」と呼ばれる使用人たちの中で、茶道を受け持つのがこのお数寄屋坊主(俗に茶坊主)。概してこのお城坊主たちは薄給で身分が低いながら、将軍や幕閣の近くに出入りできるため重要機密が耳に入り、それを大名に漏らしたり、逆に大名の告げ口を幕府内に流したり出来るので、大名といえどもこの坊主たちには戦々恐々としていました。その立場と特権を最大限に利用したのがすなわち河内山です。髪を剃った坊主姿を利用して使僧に化けたので、実はここが分からないと・・・このお芝居の筋が分からないかもしれません。

芝居に登場する、河内山語録の数々

この演目では、河内山の痛快な人物像を象徴する辛辣な名せりふが数々登場します。中には人を食った言葉も飛び出しますが、それがまたこの芝居を一段と面白くしています。 「ひじきに油揚げの惣菜ばかりを美味がって食べているようでは、ろくな工夫もつくまい」。ここで下世話な人間たちの例えに「ひじきと油揚げ」というのが妙な面白さです。 「山吹のお茶が所望」。山吹のお茶とはつまり小判のことです。 「悪に強きは善にもと、世のたとえにも言う通り、親の嘆きが不憫(ふびん)さに、娘の命を助けようと、腹に企みの魂胆を・・・」と、この演目一番の名せりふが続きます。 「とんだところへ北村大膳」。家老の「北村」に、「とんだところへ来た」が掛けられています。 「大男総身に知恵が廻りかね」。これは初演の市川団右衛門の大男ぶりから取り入れられたせりふですが、この役を演じる役者によっては「小男の知恵は大概知れたもの」、また近年は「しゃしゃり出て、土手へ手を付く蛙(かわず)かな」が使われる例もあります。

「そば」のあれこれ

『雪暮夜入谷畦道』の「そば屋の場」では直次郎のほか、幕開きに登場する二人の町人(実は捕手)、按摩の丈賀と計四人がそばを食べます。そばは名店があつらえた本物。この場の直次郎はその食べっぷりがいかにも江戸っ子らしく爽やかで粋なのです。他の三人はそれが引き立つように、わざと野暮な食べ方を心がけるというのが口伝です。この芝居の終演後に近所のそば屋が繁盛したと伝えられますが、もはや良き時代の昔話になりました。また暗闇の丑松のせりふに「天か玉子の抜きで呑むのもしみったれな話だから」というのがありますが、「天の抜き」というのは「天ぷらそばの、そば抜き」すなわち天ぷらにつゆをかけた、古くからのそば屋の裏メニューです。