鷺娘 サギムスメ

観劇+(プラス)

執筆者 / 阿部さとみ

鷺の精か娘か

鷺娘の解釈は、鷺のたたずまいが、どこかしょんぼりとした様子に見えるのを娘の姿に重ねたという説の他に、人間に恋した鷺だとする説などもある。そして作品の背景となる物語もはっきりしたことは伝わっておらず、恋人がいたのに他の男と結婚した(心を偽った)という話、生前に思いが遂げられなかった女の亡霊だとするものなど、様々な言い伝えがある。いずれにせよ、切ない恋の思いをテーマとした想像力をかきたてられる作品でもある。

白鷺の舞踊

白鷺は古くから神の使いとされ、能『鷺』をはじめ、民間信仰にも数多く見られる。鷺の踊りは竹田からくり芝居(人形芝居)に、貝拾いの娘が住吉踊りをし、からくりで白鷺に変身し、空に舞い上がっていくものがあった。歌舞伎舞踊ではそれを基にしながら、恋の妄執という人間らしいテーマと地獄の責めを付け加えて、美しい娘の恋の切なさを描いた。宝暦年間の初演の後、長年歌舞伎では上演されていなかったのを、明治期に九代目市川團十郎が復活し、派手に引き抜きをする演出にした。

踊り地ここに注目

歌舞伎舞踊は基本的に「置」「出端」「クドキ(立役の場合は「物語」)」「踊り地」「チラシ」の五段構成から成る。中でも不思議なのが「踊り地」で、どの舞踊でも突然ストーリーから離れて軽快に踊る場面になっている。これも何故なのかは明らかにされていないが、しっとりと思いを描く「クドキ」の後に「踊り地」があることでメリハリもつき、観客の気分転換にもなる優れた構成だ。理屈にとらわれずにリズミカルな音楽と躍動する俳優の動きを楽しもう。

幕切れここに注目

幕切れは二通りの演出がある。一つは、二段という台の上でキマり、「姿は消えていく」ことを暗示する歌詞で終わる古風な趣を残したもの。近年では故四代目中村雀右衛門が演じている。二つ目は、大正期に来日したアンナ・パブロバのバレエ『瀕死の白鳥』の影響を受けた雪中で息絶える演出。五代目坂東玉三郎が独自の夢幻の世界を構築し、当たり役の一つとしている。

瀕死の白鳥

バレエ『瀕死の白鳥』は、傷ついた一羽の美しい白鳥が息絶えるまでを描いている。カミーユ・サン=サーンスによる組曲「動物の謝肉祭」の「白鳥」を使用した2分足らずの短い作品である。ミハイル・フォーキン振付。伝説のバレリーナ、アンナ・パブロバが初演(1907年)し多くの観客を魅了した。白鳥のしなやかな羽ばたきを表現するのが見どころ。『鷺娘』と『瀕死の白鳥』どちらも共通して儚い美しさがあり、見比べるのもおすすめ。