梶原平三誉石切 カジワラヘイゾウホマレノイシキリ

観劇+(プラス)

名手、名剣を知る

梶原景時は劇中で大庭三郎に「本阿弥まさりの目利き者」と言われています。その梶原が名剣と出会っての第一の山場は、六郎太夫が持参した刀を鑑定するシーン。手水で手と口を清め、懐紙を咥えてそっと刀を抜き、じっくりと検分するときに、自ら「数多の刀を見た」というだけの熟達した刀の扱い方と、神聖な刀への畏敬の念が、観客に自然に伝わらなければなりません。義太夫の「抜き放せば、雲なき夜半の月の影、みなぎる滝を照らせるかと、怪しむばかりの剣(つるぎ)の焼刃(やいば)」で、刀を鞘からそっと抜き、「切っ先物打ちはばき元、一点曇らぬ名作物」に合わせて刀身の鐔元から切っ先までじっくり見て、思わず「見事!」と叫んで咥えた懐紙を落とすまでが最初の見所です。

二つ胴と、石の手水鉢を切る

第二の山場は「二つ胴」(人を二人重ねて一刀に斬ること)の場面。腕の立つ武士が名刀で斬るのだから、二人斬るのは簡単ですが、上の囚人を斬って、下の六郎太夫は縛めの縄目まで切って助けなければならない。斬るより止めるのが難しい。それをさりげなくしおおせて、刃こぼれがないか、注意深く検分します。
第三の山場は、もちろん石の手水鉢を切るシーン。ありえないといわれそうな奇蹟を見せるだけに、裂帛の気合いと充実した芸の力が必要です。

演じる俳優によって違う演出

この「石切梶原」の外題(げだい)と演出には、いくつかのバリエーションがあります。その中で、よく上演される外題が「梶原平三誉石切」です。そしてこの外題で、初代中村吉右衛門の型と、十五代目市村羽左衛門の型があります。現在は、松本幸四郎と中村吉右衛門などが初代吉右衛門型、尾上菊五郎や片岡仁左衛門、中村梅玉などが羽左衛門型で演じています。亡き五代目中村富十郎や十二代目市川團十郎も、羽左衛門型でした。十五代目羽左衛門は屋号が橘屋だったので、外題も「名橘誉石切」(なもたちばなほまれのいしきり)と変えていて、亡き十七代目市村羽左衛門や五代目中村富十郎もこちらの外題で演じています。

吉右衛門型と羽左衛門型

二つの型で一番違うのは、手水鉢を一刀両断に斬るところです。吉右衛門型は後ろ向きに(観客に背を向けて)斬りますが、羽左衛門型は手水鉢の向こう側に立ち、客席に正面向いて切り、まっ二つになった手水鉢の真ん中をポンと飛び越して手前に出ると、梢の「あれモシ、父(とと)さん」梶原「剣(つるぎ)も剣(つるぎ)」六郎太夫「切り手も切り手」とノリ地になります。切った手水鉢から飛び出してくるような型が、桃太郎の誕生みたいだと評されたりしています。派手で華やかな演出が、十五代目羽左衛門の明るい芸風に似つかわしかったといえましょう。これに対して吉右衛門型はやや地味ですが、全体に梶原平三という智勇優れた武将の内面(ハラ)を描くことに力点があり、芸の充実した俳優が演じると、深い味わいがあるといえるでしょう。

鴈治郎型

現在の坂田藤十郎は、祖父の初代中村鴈治郎の型で演じています。外題も「梶原平三試名剣」(かじわらへいぞうためしのわざもの)といい、舞台も鎌倉八幡宮でなく、原作通り、その別当寺の星合寺になります。この型も、上方ならではの濃厚な味わいがあふれています。

型と、演じる俳優による違いの面白さ

同じ演目でも演じる俳優によって違うのは、歌舞伎では少なくありません。そうした中でもこの演目は、随所に演出の違いが際だっていて、それがそれぞれの俳優の「柄」や「ニン」と響き合う面白さがあります。同じ料理でも、料理人が違えば食材の選択や味付けも違います。歌舞伎は「役者の芸術」といわれ、役者の芸と魅力を味わうのも楽しみの一つです。その点、この演目は演じ手ごとに異なる型の違いを味わうのにいい演目だといえましょう。機会があったら是非、見比べてください。