姫路城天守閣に繰り広げられる妖怪と人間のドラマ。作者泉鏡花は上演を熱望したというが、生前には上演は実現されなかった。独自の美が満ちあふれる怪異と幻想世界の舞台。
ここは姫路城天守閣五重。天守閣の最上階は異形の者たちが棲むと言われ、人の通わぬ別世界となっている。中央には見事な獅子頭が据えてある。晩秋の日没近く、主である天守夫人富姫が簑を付けて雲に乗って帰ってくる。今日は可愛い妹分の亀姫が空の旅路をはるばるとやってくるのに、姫路城主播磨守の鷹狩の一行が弓矢鉄砲を使って騒がしいから、夜叉ヶ池(福井県)のお雪様に雨風を頼み、鷹狩の行列を追い散らしたのだという。
ほどなく猪苗代(福島県)から亀姫一行が到着。富姫と亀姫は仲睦まじく寄り添い語り合う。亀姫が土産に持ってきた品は、播磨守と瓜二つの兄弟亀ヶ城の主・武田衛門之介の生首だった。生首を喜ぶ富姫だが、自分の用意していた土産、播磨守の家宝の兜では見劣りがすると言い、見せるだけにとどめる。二人が手鞠に興じた後、ふと鷹狩の一行に目をとめた亀姫が播磨守の白鷹を気に入るので、富姫は鷹を捕らえ土産に持たせる。
静まりかえった天守。薄明かりの中に富姫が一人佇んでいると、一人の武士、姫川図書之助が階段を上り、五重へとやってくる。何故来たのかと問いかける富姫に、天守の五重は、百年来、人間の来た例はないが、鷹を失った罪で切腹を申しつけられたところを、鷹の行方を見届けることを条件に猶予を与えられたと語る。富姫は図書之助の清々しさに心を打たれ、ここは人間が一度足を踏み入れたなら、生かしては帰さない場所であるが、この度だけはと許して帰す。
戻る途中で妖かしに雪洞の灯を消された図書之助が、再び五重に姿をあらわす。約束を破ったことを富姫に咎められると、闇の中で梯子を踏み外し男の面目を失うよりは、富姫に命を取られようとも、再び灯をもらいに来たと答える。富姫はその詞に感銘を受け、深く心をひかれる。そして鷹は自分が奪ったものだと明かし、筋道の通らない人間世界に帰したくないと引き留める。図書之助は迷いはあるものの、世の中への未練が断ちきれない様子。富姫は断ち切りがたい思いを抱えながらも、ここへ来た証拠にと秘蔵の兜を持たせて帰す。
下界へ戻った図書之助はお家の重宝を盗み出したと疑われ、追いたてられて三度天守五重へやってくる。富姫は共に生きようと言い、二人は獅子の母衣(ほろ)に身を隠す。やがて追っ手が迫り、獅子が両目を刺されると、富姫、図書之助をはじめ天守の世界の生きる物は皆、失明し闇に迷う。二人がもはやこれまでと共に死のうとするところへ、獅子頭を彫った工人近江之丞桃六がどこからともなく現れ、獅子の目に鑿(のみ)を当てる。二人は光を取り戻し、睦まじく抱き合う。桃六は二人を見守り、笑い声を立てるのだった。
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