恋する切なさ、つらさが心にせまる近松物の代表作。
大金を動かす飛脚問屋の養子忠兵衛が遊女と恋に落ち、店であずかる金の封を切り、女を身請けしてしまう。手に手を取って逃げるのだが、悪事がばれるのに時間はかからず、お尋ね者に。故郷の実父をたずねていっても、父親は会おうとしない。
上の巻「淡路町」の段は、大坂淡路町の飛脚問屋亀屋が舞台。店の世継ぎ忠兵衛が大和から敷金を持って養子に来たこと、しかし色に溺れていることを綴る。さらに出入りする人々の会話で、荷や手紙のほかに為替も扱う手堅い運搬業である飛脚問屋の賑わいを描いている。
中之島の丹波屋八右衛門から使いが来て、江戸からの為替の金が届いていないと催促に来る。番頭が言いくるめて帰すが、亀屋の後家妙閑(みょうかん)は不審に思い、忠兵衛がそわそわとして落ち着かず鼻紙を使い捨てる贅沢な振る舞いを案じる。
八右衛門が来るのを見た忠兵衛は逃げようとするが呼び止められ、江戸為替五十両を受け取ろうと迫られた。八右衛門は商売の得意先であり忠兵衛の友人でもある。忠兵衛はその金は梅川の身請けの手付金に流用したと正直に打ち明け「犬の命を助けた」と思って暫時待って欲しいと泣いて頼む。八右衛門は「言い難いことよう言うた。待ってやる」と義侠心を見せる。
八右衛門の姿を見た妙閑は二人を家に入れ、忠兵衛にここで八右衛門に為替の金を手渡せと迫った。忠兵衛はとっさに、小判に似た大きさの鬢水入(びんみずいれ)を紙に包み八右衛門に渡した。忠兵衛の苦境を理解し、妙閑が無筆(字が読めないこと)と知った八右衛門は、「金五十両受け取り申さず候」と書いた受け取り状を残して帰っていく。
江戸から荷が着き、亀屋の内は再び忙しくなった。忠兵衛は催促を受けていた堂島のお屋敷へ届ける為替金の三百両を懐に、家を出た。しかし無意識の内に足は新町に向いていた。「おいてくりょうか、いてくりょうか」(止めようか、行こうか)、一度は思案、二度は不思案の末、忠兵衛は「六道の冥途の飛脚」となる新町に向かう。冥途の飛脚とは、後戻りできぬあの世へ我が身を運ぶ飛脚というほどの意味。
中の巻の「封印切の段」は新町の越後屋(歌舞伎では井筒屋)で展開する。越後屋は女主人の店なので遊女たちの溜り場になっている。夕方、遊女たちが集まって拳(けん)に興じている。槌屋の抱え女郎梅川も遊びに来たが元気がない。田舎客の身請(みうけ)話が進んでいて、恋しい忠兵衛は手付金を渡したまま音沙汰なく、手付の期限も切れている。「忠さんと本意を遂げ朋輩たちにも喜んで欲しいのに」と泣き沈む。
禿(かむろ)が気を利かせて、流行の浄瑠璃「夕霧文章」の一節を語って梅川を慰める。「嘘も誠ももとは一つ、恋路には偽りもなく誠もなし、縁のあるのが誠ぞや」。金次第で運命が変わる遊女のはかなさを綴った近松の名文である。
そこへ八右衛門がやって来た。梅川は身を隠すが、八右衛門は居合わせた女郎たちに向かい、忠兵衛が自分に渡す金を流用したこと、忠兵衛の身分で梅川を身請けすることは不可能なこと、このままでは末は犯罪者になるだろうと侮辱し「忠兵衛の身を案じるなら寄せつけて下さるな」と言う。これを表で立ち聞きしていた忠兵衛はもともと短気な性格。自分に恥をかかせたと怒り、かっとなって家の中に飛び込む。
忠兵衛は八右衛門の止めるのを聞かず、お屋敷へ届ける三百両の封印を切って借りていた五十両を八右衛門に叩きつけた。梅川は二階から駆け下りて「なぜそのようにのぼらさんす」と忠兵衛を制し、二年の年期が明ければ大坂の浜に立って客を取っても忠兵衛を養ってみせると諭す。それでも忠兵衛は残りの金で梅川の身請けをしてしまう。飛脚屋として絶対にしてはならない、公金横領をしてしまったのだ。八右衛門も勢いに押されて帰っていく。
梅川と二人きりになった忠兵衛はわっと泣き出し、男の意地でお屋敷へ届ける金に手を付けた、やがて詮議が来ると語り「地獄の上の一足飛び、飛んでたべや」とかき口説く。梅川も「ふたりで死ねば本望」とすがり付き、二人は「跡は野となれ大和路や」と足にまかせて去っていく。
下の段の最初は二人の逃避行を綴った道行で、二人は目に立つのを恐れて相合駕籠(二人乗りの駕籠)で忠兵衛の故郷の大和新口村へ向かったが、「廿日(はつか)余りで四十両」の路銀を使い果たしてしまう
二人は新口村へ着いたが、詮議の手を恐れて親の家へ行くこともできず、昔馴染みの忠三郎を訪ねるが忠三郎は留守。嫁いだばかりの忠三郎女房は忠兵衛の顔を知らず、忠兵衛の事件で村は大騒ぎだと話し忠三郎を迎えに行く。忠兵衛が障子の間から外を覗いていると父孫右衛門が村人たちと帰ってくる様子が見える。
泥濘(ぬかるみ)に足を取られ孫右衛門が、忠兵衛たちの目の前で転んだ。梅川は走り出て助け、孫右衛門を内に入れ介抱する。孫右衛門は見慣れぬ女の親切に感謝しながらも女の身なりと言動からそれが息子の恋人梅川だと気づく。近くに忠兵衛が隠れているにちがいないと悟り、気づかぬふりで忠兵衛に向かい、義理と息子への情に苦しむ胸の内を語り涙にくれる。
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